父は82歳。それなりに高齢。今年の1月に普通自動車運転免許証を自主返納した。
僕が小学校2年生の時に自家用車を購入して以来、家族旅行とか買物とか、父親の運転する車には何度も何度も乗った。というか乗せてもらった。それが終わった。いつか終わりは来るはずだと解っていたのだが、いざとなると自分のことでもないのに、これほどさみしい気持ちになるものなのか。
ここ最近も報道されることが多いが、高齢者の自動車事故のニュースがTVで頻繁に報道されている。アクセルとブレーキを踏み間違えたとか、そんな感じの事故が後を絶たない。
そんなご時世なので、父が75歳を超えた頃に「そろそろ自動車の運転は控えた方がいいんじゃないか？」と自動車免許の自主返納を促したことがある。
会社を定年退職して以来、夫婦で温泉に行ったり地方に果物や野菜を買いに行くことが楽しみの一つとなっている父には酷な相談だとは思っていたが、事故を起こされることもそうだが、他所様を巻き込む事故にでもなったら大変だから、息子としては父の意思を確認せずにはいられなかった。もちろん、自分はまだそれほど耄碌はしていないと、きっぱりとした抵抗感を示されてその時は終わったのだが、その後、事あるごとに「そろそろ、いいんじゃない？」と実家に行くたびにその話をすることになる。父は父で、高齢者免許更新にはつきものの認知症検査などで全く問題がなかったと自慢げに話をしてくるので、この話は長い間平行線を辿ることになる。
それが、今年の正月に実家に帰った際に、父から急に「そろそろ免許も返納して、車もディーラーに引き取ってもらうことにしようと思う。」と宣言された。
父は数年前に補聴器を購入している。片側だけだが人の話も聞き取りづらくなったということで日常的に補聴器をするようになった。TVも音声だけでなく字幕が出るように設定されている。
若い頃から近眼でメガネをかけていたのだが、こちらも数年前に白内障の卦があったので、水晶体自体を人工物に変える手術を受けている。今ではメガネがいらない状態になっている。
人工的にではあるが、視力も聴力もある程度補強はしてあるので、それが原因で免許を自主返納する気になったのではないらしい。
繰り返される高齢者の交通事故ニュースに自身を投影しての心変わりなのか、本当の意味で自主的に自動車運転免許を返納する気になったようだった。
最近では、父の運転する車に乗る機会はまったくなくなり、むしろ僕が運転する車に乗ってもらうことの方が多かった。なので、父の運転を間近に見る機会もまったくなくなってしまった。だから、僕が「そろそろ車の運転は控えてみたら？」と言い始めた根拠なんてものはなくて、ただ単に父もそれなりの高齢になってきて、周りの同世代の人たちがよく事故を起こすからという、説得力に乏しい話を年に1～2回する程度だった。喧々諤々の議論や口論をするなんてことはなくて、あちらも意固地になったりすることはなく、こちらも説得しようなんて気もあまりなくて、運転が危なっかしいとか、ちょっとした物損事故を起こしたとか、そんなことは全くなかったものだから、なんで自ら車の運転をやめようと思ったのかはわからない。動体視力が衰えて来たとか、そんな感じのことを言っていたが、本当にそれが理由かはわからない。
ただ、自分のことは差し置いて、80歳を過ぎた頃からか、父は明らかに「歳を取ったな」という風貌になってきていた。僕と違って頭髪はまだふさふさで、ロマンスグレーの老紳士ではあるのだが、少し猫背気味に歩く姿とか、シワが増えてきた目尻とか、たるみ始めた頬とか、そんなところを見ての話だ。ろれつが回らなくなってきたとか、物忘れが多くなってきたってことはない。むしろ以前から変わらず気丈で厳格で、歳の割にはかなりしっかりしている方だと思う。
そんな父なので、今年の正月に実家で聞いた、免許を自主返納して車も廃車にするという話は、元旦に能登半島で発生した地震と同じくらい青天の霹靂だった。
父の住む市区町村では、自動車免許を自主返納すると、市内のバスの無料券が数万円分もらえるらしい。大好きな温泉旅行は電車で行ける範囲にするのだという。それでも車が必要になる時は、僕に声をかけるのだという。僕の息子、父の孫に当たる長男もそろそろ教習所に通う年頃になってきたので、孫の運転する車で一緒に旅行なんてのもいいのかもしれないな。
なお、車は17年も乗ったトヨタのプレビオで、ディーラーに引き取ってもらい廃車にするのだが、長年お世話になったディーラーの粋なはからいで、廃車料が発生することなく、1万円で中古車として引き取ってもらえることになったそうだ。なかなかやるな、トヨタ。車の性能だけじゃなく、販売会社もしっかりしてるから、あんだけ利益が生み出せるんだろうな。すげーな。
