再☆煩悩の赴くままに~日々是反省~

自省を込めて貴女に贈る鎮魂歌

1154:たった一文字の違い

以前、上司に業務上の説明を行なっていた時の出来事。「◯◯は△△だから結論としては□□ということになります」みたいな説明をした時、その上司のリアクションに驚愕した。

説明を終えた後のその上司の反応というのが

「うん、そうだよ」

というものだった。

「そうだよ」?

いやいや、お前が(たぶん)知らないであろうことをわざわざ事細かく説明してやったのに、そのリアクションがいかにも以前から知っているみたいな「そうだよ」って反応ってどうなん?

そんなにお前の自尊心って高いんか?

些細なことでも部下に負けたくないんか?

己が上の立場だって主張したいのか?

部下からは常にマウント取りたいってか?

何だか白けてしまって、その後のその上司との関係性は決して良くなることはなかった。まぁ、もともと良くも悪くもなかったんだが、この出来事以降は、こちらが上司の人間性を見切ってしまったから、逆に上司を下に見るようになってしまった。しかも、この上司の「そうだよ」の一言はその後も頻発されていたせいでもある。

百万歩も譲ってやるとして、「そうだよ」は口癖なんだろうなーと思ったこともあった。きっと今の立場になる以前から、人とのコミュニケーションで「そうだよ」を連発してきたんんだろう...

っておいおい、口癖だったらもっと酷い状況じゃね?きっと人には負けたくないって頑張ってきた半生だったんだろうーなー。決して良い評判じゃなかったのになー。噂通りのブラック上司だったわー。あーやだやだ。

そういえば、その前の上司の上司もそんな感じのパワハラ野郎だったわ。上司に恵まれないサラリーマン人生だな。ろくなヤツに仕えてこなかったってことか。そりゃあ反面教師にもなるわな。って、どんなブラック企業やねん、ここ。

なぜその上司は「そうだね」って言えなかったのだろう。「そうだよ」とはたった一文字の違いだが、「よ」と「ね」のたった一文字の違いで相手に与えるその印象は全く異なるというのに。

「そうだよ」も相手の言っていることを肯定していることに変わりはないが、「そうだね」に比べればその印象は180度も違う。

「そうだよ」が「そのとおり!」という肯定の意味を含んでいたとしても、会話の内容や流れによっては「そんなことは前から知っているよ!」とか「そんなの当たり前だろ!」とか「お前、オレを馬鹿にしているのか?」いう意志を相手に無意識に表明している表現になってしまうことがある。前述のとおり、時と場合や会話の流れによっては、相手に対して自身が上の立場から物を言っている悪い印象を与えてしまう。

言われたこちら側の捉え方にもよるのだろうが、日頃の付き合いや相手の性格も相まって、言われた方はネガティブな表現として受け取ってしまうこともあるってことだ。

これに対して「そうだね」は同意を示し相手を肯定する表現になる。相手の言っていることを認め、優しく寄り添うイメージがある。「そりゃそうだよ」と言われると、ちょっとムカつくが、「そりゃそうだね」と言われると、やっぱそうでしょーって的を射た感覚になりちょっと嬉しくなる。「確かにそうだね」なんて言われた日には、正解を当てたみたいな気分にもなるんじゃないかな。

「よ」と「ね」が違うだけで、こうも大きく意味も印象も変わってしまう。日本語って本当に難しい。

英語だと「そうだよ」は「That's right」になるのかな。「それが正解」ってことになるのか。日本語の「そうだよ」に比べて、英語のそれにネガティブな印象はない。英語だと「◯◯は△△ですか?」という疑問に対する答えとしての「そうだよ」=「Yes, it is」にもなるのか。相手の疑問に対する率直な回答として成立しているから、これもごくごく当たり前の返し言葉になっている。

これに対して「そうだね」は「I agree」という同意を表す言葉が適当になるのかな。相手の言っていることを認め、肯定し、それに自身も同様の考えであることを端的に表す言葉になる。相手に対して寄り添うというか、理解を示している。とても優しい言葉という印象になる。

日本語と違って、一文字の違いではなく、根本から表現方法が異なっているから間違うこともなさそうだ。それに、上から目線とか、マウントを取るみたいな印象があまり感じられないのは、ただ単にボクが英語圏で生活したことがない生粋の日本人気質だからだろうか。

ボクは上司との会話を経験する以前から、「そうだね」と「そうだよ」を意識的に使い分けるようにしてきた。たった一文字の違いでも、相手の受け取る印象が大きく異なることに、ある意味の恐怖を覚えていたからだ。

「そうだよ」を使うのは「That's right」というよりは「Excellent!」って意味で使うことの方が多い。あとは「Yes, it is」の意味で使う場面が多いかもしれない。相手が懇切丁寧に説明してきたことに対して「そうだよ」と返すことはまずない。

子どもたち、特に少年サッカーで出会った子どもたちには意識して「そうだね」と答えるようにしてきた。子どもたちは無邪気に自分の意志をあからさまに表明してくることが多い。たとえ数多の経験を積んできたであろう大人であったとしても、それを否定する権利を持ち合わせてはいないはず。だから今日もボクらは周囲の人たちに対して、親愛と敬意を込めて「そうだね」と優しく言い返し続けなければならない。

ボクはそう思う。